悪性リンパ腫治療の記録

最近は思ったことを書いてる感じです。てきとうです。Amazonアソシエイトやってます。

早く寝れば早く目覚める(退院後205-209週目)

ざっくり

時間経過が早い。もうGWが終わってしまった。

 

体調

変わらず。仕事、というか職場に行ってパソコンカタカタしてても体調が変わらないのは割とすごいことなのでは、と思った。

けど今は忙しくもないし残業もなくて睡眠時間を確保できてるという点がでかい。調子に乗ってはいけない。

 

生活習慣について

強制的に早く起きなければいけない環境になると早くベッドに入るようになって早く寝る生活リズムになることが分かった。

結局早く起きられないのは早く寝ていなかったのが原因だった。

ちゃんと睡眠時間取れていればアラームの前に起きることだってできる。

ああ、社会に懐柔されていく…。

 

それでは。

 

 

 

 

 

4年が経って社会人になった

先日移植して4年が経っていた。

忘れるわけはないのだけど、4/5をしばらく過ごしてからそういえば今日は移植した日だな、と気がついた。

移植した日を第二の誕生日としている人が多いように思うが、移植した当日を祝えば良いのか生着した日を祝えば良いのかまだ分からないままである。

別に悪いことではないから両方祝えば良いのかもしれない。

 

移植をしたのが4月なので、諸々の切り替えと移植記念日が同時に押し寄せることが多い。

タイトルにも書いたが4月から企業に就職することにした。

 

就職それ自体は良いことだし、めでたいことなのだけど、僕個人の感覚としては無難な選択をしてしまった感じがしている。

でもそれはそれで病気を経て、尖ったものを全部失ったわけじゃなくてよかったな、と言えなくもない。

もう少し生きられそうなので、がむしゃらに頑張る期間と少しペースを落ち着ける期間のコントロールを自分でやる必要が出てきたわけだ。

 

そんなこんなで新人研修を受けている。自分より5-6才も若い人達に紛れて講義を聞いたりグループワークをしているのだが、この経験は中々できることではない。お金を払ってもできない貴重な経験である。若い人達の中に上手く紛れてると思ってるのは自分だけかも知れないが。

 

研修って洗脳っぽい所がある。同じことを繰り返し言われ、評価する人から出された問いに正解(のようなもの)を返す作業が、芸をすると餌をもらえるように躾けてる様子に見える瞬間すらある。

同じように感じてる人は少なからず、いや結構な数いて、それでもみんな少しづつ折り合いをつけていくのだろうか。

まあ人を説得したり考えに共感してもらうのはある種洗脳とも言えるから、研修を含めあらゆる洗脳が悪とは思っていない。

程度の問題で、どこまで洗脳されてどこまで洗脳されずに防衛線を引くかだけキチンと守っておければ良い気もする。

物事の全てが悪い、全てが良いなんてことはないのだ。

 

働くにあたって1番心配していたのは、朝ちゃんと起きて出社できるかどうかである。

研修が終わり実際に働き始めたらどうなるかはまだ分からないけれど、研修期間を経て朝起きて電車に乗ることはできるようになるものなのだな、と3週間ほど強制的に起き続けて判明した。

ただ、自分だけかも知れないけど朝早起きするとたまに気持ち悪くなる。

精神的なものなのか、そういう体質になってしまったのか、その両方なのかはわからない。

どこの車両が乗り換えが楽なのかもまだわからない。

キャリアがどこに向かっていくのかもわからない。

わからないことだらけのまま電車に揺られていたら、会社の最寄り駅に着いた。

 

皆さんも気をつけていってらっしゃい。

気づくのは8分咲か葉桜のとき(退院後203-204週目)

ざっくり

社会人になった。

 

体調

変わらず。そういえば先月新コロワクチン3回目(モデルナ)を打った。1.2回目もモデルナ。

副反応は2回目と同じくらいで2-3日熱が出てだるくなった。たしか39.2°くらい出た。

 

働きはじめる

長いモラトリアムを終わらせて労働しはじめます。

体力と気力がもたなくなる7歩くらい手前で脱出できるように頑張ります。

 

量が決まっている気がする話

誰かと話をしたりすると楽しい。だけど言葉を発しすぎると「何か書こう」という気力が減少してしまう感じがする。

もちろん話していて何かに気がつくこともあって、言語化できる事柄は増えはする。だけど内なるものを発散しないといけない……みたいな一週間誰とも話さないで過ごした後に湧いてくるようなものはそこにはない。

当たり前か。そのバランスを取って、何か発見がありつつ書きたいと思うくらいの内省の時間を作る必要はありそう。

 

新生活が始まる皆様も変わらない皆様もご自愛ください。

それでは。

 

 

 

PET-CTパニック回避Tips(退院後197-202週目)

ざっくり

暖かくなってきた。と思っていたら寒くなった。

 

検査

先日2年ぶりにPET-CTを撮った。

放射線科の部屋とかが改造されてて、PETの導線も改良されていた。

今までは造影剤の点滴をした後にPET撮る前後の人共通の待合で待たされてたんだけど、新しく待機専用の薄暗い半個室?と座り心地の良い椅子が用意されていた。

あと、点滴しているときは脳に糖分が集まらないように目隠ししてたんだけど、そのあとは普通に明るい待合でスマホいじったり本読んだりしてたから、良いのかこれと思っていた。

まあ、これまで俺は検査問題なかったから良いけど、もっと微妙な集積を判断するのには良くなかったのかもなーと思った。

 

結果は問題なしでした。

 

PET-CTパニック回避Tips

初めてPET-CT撮ったとき片肺が溜まった水でほぼ使えず息苦しさで撮影中に軽いパニックになったことがある。それ以降息苦しさの症状がないにもかかわらず、PET-CTや放射線療法、MRIといった検査の際は不安になるので、できるだけ準備をしてから望むようにしている。

本当に症状がきつい場合は鎮静剤打つという選択肢もあるようだが、幸い今のところ何とかなってる。もっと前に書いていても良さそうなのだが、今回気が向いたのでTipsをご紹介。

これが全てではないと思うので、各々最適化してください。

  1. 薄着で検査する。(途中で暑くなって心拍数が上がっても服を脱げないため。)
  2. マスクを外す。(息苦しさ軽減。検査中は自分しか部屋にいないのでしなくても良いでしょう。)
  3. アイマスクを付ける。(間違って目を開けてしまい、機械の内部で逃げらずパニック、内部の狭さでパニックになることを避けるため。)
  4. タオルやブランケットをかけない。(暑くなる可能性があるため。寒いからかけてくれる場合がある。)

あんまり気にし過ぎないのも大切な気がしてるが、それでパニックにならないなら苦労はしないので。

 

最近

過ごしやすい気候なのでゆっくりしてるんだけど、来年度から仕事をするのでそっちの世界に馴染めるか若干不安ではある。

まあ馴染めなくても死にゃあせん、というマインドは培ってきたので程々に頑張ります。

仕事することを病気関連の方に報告すると皆さん口を揃えたように程々に頑張ってください的な言葉をかけてくれて、それはなんとなくネガティブな意味ではなくて、今うまく言葉にはできないけど、多分柔らかなニュアンスを含んでいるのだろうなと感じる。

 

皆さんも程々に頑張ってください。僕も程々に頑張ります。

それでは。

 

 

Cancer gift の英文法(退院後192-196週目)

ざっくり

寒いから白湯を飲んでる。

 

体調

変わらず。

一人暮らし始めてからここ数年ずっとシャワーだけだったんだけど、たまに湯船入るようにしたら寝つきが良い気がする。

 

Cancer giftは正しい(?)英語なのか

この前キャンサーギフトについての記事を書いた。

emaremo-media.com

書いているときに、キャンサーギフトというワードは英語として正しい言い回しなのか気になった。バイリンガルの人に聞きたい。

the cancer giftと検索してもあまり引っかからず、the gift for cancer patient(がん患者へのプレゼント)に関するサイトが多くヒットする。

日本語のキャンサーギフトの意味を汲むならばthe gift of cancerやcancer's giftが合っていそうであるし、the gift from cancerも間違ってなさそうな気がしてくる。

なんにせよ、友人からプレゼントをもらった方が嬉しいことは間違いない。

 

引っ越し

来年度からモラトリアム謳歌者から労働者になるに伴い引っ越しをすることにした。

最近は物を持たないように何か買ったら捨てることを決めてたんだけど、それでも物が多い。

どうしても「これ後で使うんじゃないか」と思って、捨てずにケースの奥の方に仕舞って見た目片付いたと思い込む作業を繰り返していたのだろう。

そのツケが今まわってきた。

三か月使ってなかったら捨てるルールを徹底しようと思った時期もあったが、三か月使ってないものを選別するのがめんどくさい。そもそも三か月使ってないものはその存在を忘れてしまっている可能性が高い。

三か月使ってないものをきちんと把握できている時点で、その人は整理整頓ができる人なのである。

 

誰かからもらった物など捨てづらいものは写真に撮れば捨てやすくなる。らしい。

そんなに頻繁に存在を確かめなくても、たまに見て昔の思い出に浸るにはなんとなく手触りがないと物足りない気もするが、写真でも良いかとなる品を手放せる基準になるのかもしれない。

 

今日はこの辺で。

 

 

一枚めくったその場所に

このブログのURLをTwitterのプロフィールに貼ろうと思ったことがあるのだが、公に自分をさらけ出しているようで、恥ずかしくなってやめた。

今更だし別に大したことが書いてある訳ではない。書き始めた当初は同じ病気の人のためにと思っていたのだけど、段々と治療直後のような体調変化が減ってきて(良いことではある)、そこまでリンパ腫自体の情報量があるわけでもなくなった。

徐々にただの惰性日記になりつつある。

 

そうは言っても、たまに病気に関係することを書いておきたいという気持ちが湧き上がるときはあって、ある程度の分量を書く場所というか発散する場所がないと、それはそれで不都合になってしまっている。

 

全く別のアカウントを作って、ただの日常を綴るブログを書こうと試みたことも何度かあったのだけど、病気や治療のバックグラウンドを共有してないし、その辺書かないと分かりにくいこともあるなーと思うとめんどくさくなって辞めてしまった。

 

結局このブログでだらだらと書き垂らしていくのが心地よくなってしまったのだ。

そうやっていわゆる闘病ブログとも雑多ブログともつかないものが出来上がった。

 

変わらないこともある。

リンパ腫の種類がそこそこ珍しいものではあったから、最初からたくさんの人に読まれようと思って書き始めた訳ではなかった。それは今も変わっていない。

アクセス数を爆裂に増やしたいとか周遊率を高めたいとかはない。

多分たまに検索やリンクから飛んできてくれた方がちょろっと読んでくれるだけのもので良いのだ。

 

とは言いつつ、このサイトのリンクをエマリモのサイトにも貼ってるし、たくさん読んでくれた形跡があると嬉しくなったりもする。

わがままなもんだ。

 

全部アクセスしやすい所にあるより、なんかこうひっそりと存在してる隠れ家や秘密基地みたいなものもあって良いんじゃないかなと。

まあ、そんな感じ。

 

 

 

 

過程が一番楽しいことが多い(退院後189-191週目)

ざっくり

年が明けた。年々新年感が少なくなっているような気がする。

 

体調

変わらず。しゃっくりが出たり目が乾燥したりするので、息を止めてみたり目薬をさしてみたりしている。

 

外来

3ヶ月振りの外来。なぜか主治医のテンションがいつもより高めだった。良いことでもあったのかな。

血液検査は問題なし。去年画像診断を一回もやっていなかったので、来月辺りにやることに。

 

旅行は移動が一番楽しい

年末、友達4人で伊豆に行った。

観光というよりは美味しいもの食べてダラダラできたら良いね的な旅行。

個人的にも現地を観光すること自体の価値はそこまで大きくないと思ってる。

単なる記述的な情報はスマホで調べれば出てくるし。でも、地方限定チェーン店とかは面白かった。

旅行で一番価値があるのは、誰と行って、どんな話をして、諸々の経験を共有できることであると思う。

後日思い出に残ってることは往々に、現地ならでばの何かよりも、誰かが起こしたハプニングやみんなでくだらないことを話したことだったりする。

 

2022年もゆるく頑張ります。

それでは。