末梢血幹細胞移植をしてから3年が経った。
移植したのは4/5だったから、その日に投稿しようと思って書き始めてたんだけど、書き終わらなくてだらだらしていた。生着したのがday11だから4/16の投稿でも良いかー!ということで今日です。
移植する前は、移植後3年目の人が超人か何かに見えたけど、実際自分がそうなってみると、なんとも言えないヒョロっとした男がそこにいるだけだった。
がんに罹患したり骨髄移植したりすると、なんとなく人として何か大きな変化がありそうな気がするけど、それはワクワクするようなスーパーマン的な変化ではなくて、テーブルについた焦げの跡のような、擦っても消えない不恰好な変化であった気もする。
ともあれ、残ったものが焦げ跡だけじゃなくて良かったなあとは思うが。
焦げと言えば、昔「こげぱん」という漫画があったのを、ふと思い出した。
パン屋で作られるパンの中で、焼かれ過ぎて焦げた黒いあんぱんが主人公の「こげぱん」である。パンの話の主人公はあんぱん説。
彼は端っこに座って「どうせどうせ。」と言って、日々しょげている。パンは食べられなければ価値がないから、売り物にならないパンはしょげるしかない。美味しそうに上手く焼かれたパン達の目はキラキラとしていて、動きははつらつとしている。そして棚に並び、買われて行くのだ。
キラキラしているパンは、買われてすぐに食べられるのだろう。パンの性質が食べられることに喜びを感じるものであるならば、それはそれで全く問題はないが、人にむしゃむしゃと食べられてしまうわけだ。一方で「こげぱん」はパン屋さんの端っこで、同じように焦げた「こげ食パン」や「こげコッペパン」と、比較的長い時間、一緒に牛乳を飲みながらしょげることができる。
僕は人なので美味しいパンを食べたいが、自分の何に価値を置くかはパン自身が決めればいい。
別の話をする。
この前の3月で、ずっとお世話になっていた主治医が別の病院に移ることになった。
血液内科に転科したときから、ずっとその先生に診てもらっていたので、移植後3年経ってはいるが、不安とは少し違った寂しさみたいなものを感じている。お世話になったし何度でもお礼を伝えたいし何かすごく良いことがあれば報告したいのだけれど、きっとこのまま何もなく、病院で先生と会うことのない人生を送ることが、きっと幸せなのだろう。
診察の最後に、困ったらここに行けば先生と話せる場所を教えてもらった。行く機会があるかは分からない。だけど、このお守りがあることで、あと2年間、少し安心して過ごせる気がする。
このブログは2-3年経ったらやめようかなと思ってたんだけど、たまに思ったことを適当に書き残しておくと、あとで読み返したときに面白いので、もう少し飽きるまで続ける気がする。幸いなことに外来の頻度も減ってきており、その結果書くことがなくなってきてはいるので、突然興味を失ってやめるかもしれない。予防接種全部完了するまではちゃんと書くと思う。
負担にならない程度にやるのが、何かを続けるコツってのは本当だな。
あと、こげぱんがネットで読めるようになっていたので、一応リンク貼っておく。
こげぱん | 無料で読める漫画・4コマサイト | パチクリ!
それでは。